二泊三日で入院
7月5日から目が見えにくくなる。正確には見えにくいなーと自覚した日。
朝から見えにくいとは感じていた日にたまたま内藤礼氏の展覧会を見に行った。
作品はじっと目を凝らさなければ見えない作品で見え方が新鮮で素晴らしい展覧会だっ
た。
それにしても世界がいつもより暗い見えづらい。
1週間様子をみて本や新聞の文字が読めなくなったので
7月13日近くの総合病院を受診。
7月15日眼科で視野検査の予約をした。
7月16日に血液内科の先生宛ににお手紙を書いてくれた。
7月20日大学病院の血液内科を受診。大学の眼科を受診。
7月21日から8月4日の間、目のMRIやコンタクトレンズに電極をつけて網膜検査などいろんな検査をする。
視力低下の原因は眼科の見解はは中枢神経によるもので服用している非結核性抗酸菌症の薬の副作用か6月3日と7月13日にうけた四種混合ワクチンの副作用が怪しいとのこと。網膜に少量の出血があるのは白血病による可能性があるということ。
8月7日10:15 血液内科の先生が髄液の検査と中枢神経白血病の予防のため髄液を抜いた量程度の抗癌剤メソトレキセートとステロイドを髄注。早ければ今夜に結果が出るらしいがでなければ8月13日朝に外来で聞く予定。
19:15 検査結果は出てないが担当の先生が検査経過を知らせに来てくれた。
髄液中に通常の場合5個以下の変異細胞の数があるらしく、それが1個しか見つからなかったので病気の疑いはかなり低くなった。その一個の細胞の遺伝子検査に回していて結果は来週。
お別れ
22才のTちゃんは令和2年2月22日に息を引き取りました。
昨夜はお通夜でした。
私が入院してまもない頃、Tちゃんは「もしかして若い?」と話しかけてきて
彼女の歳を聞くと20才。「とんでもない!貴方の3倍。」
18才で病気になり既に2年間も入院していた。
若い先輩は、時々病室に遊びにきてくれて後輩の私を励ましてくれた。若くて可愛いという存在から力をもらってありがたい思うと同時に『若い子は優先して治してあげてください』と願わずにはいられなかった。
Tちゃんは病気の再発を繰り返し半年前には余命宣告を受けていた。
22才の子が余命宣告されて何を考えただろう。
付き合っていた彼氏とは連絡をとるのをやめたことや仕事もしたいし結婚もしたいと話してくれた。「60才くらいなら諦めもつくんだけどな」に本当にそうだと思った。
自分の生きた証を残したいと手形アートを作った。TちゃんはオリジナルTシャツを作って私にもプレゼントしてくれた。一緒に撮った写真に手作りのフォトスタンドや手作りキャンドル。クリスマスには腹巻きやレッグウォーマーやボディクリームなどいっぱいくれた。それでも一番嬉しかったのはTちゃんの笑顔だった。
令和2年2月22日22才で天国に行ったTちゃんは皆んなの記憶に残るようにこの日を選んだように思う。
ありがとう!また会おうね。
冬物のパンツ
冬物のパンツを作ってみた。家にあるウールを探したらラグ(敷物)しかなかったため2枚それで作ってみた。履いてみたら『敷物を履いている』風にしか見えなかったのでウールの布(中央)を買って来て作ってみた。家にいる時は敷物でもいいか。
もうすぐクリスマス
暖かかった季節も12月に入り流石に寒くなってきた今日この頃。
可愛いTちゃんに会いに行ってきた。帽子とお髭でサンタになって写真を撮った。
楽しかった。プレゼントをいっぱーいもらった。ありがとう!!
大切な時間
冷たい雨が降っている中、竹の講座の皆んなと竹を取りに行く。全身ゴアテックスと長靴で雨に備えたので快適に竹探し。あいにく真竹は見つからず孟宗竹と名前が分からない細い竹を収穫。ありがとう!
昼は淳くんと◯亀うどんに行き、先日生まれた孫に会いに行く。もうすでに昨日と顔が違ってる。刻一刻と成長してる愛しい命ありがとう!
可愛い入院友達のTちゃんに会いに行く。キラキラ輝いているTちゃんとゆったりとした時間を過ごす。色々話してくれてありがとう!
夜はバレエ教室の発表会の打ち上げパーティー。まだ発表会には出たことは無いのに打ち上げだけは毎回参加。先生、皆んなありがとう!
少しでもボディーコントロールができるように週1回のレッスンを週2回に増やしたい。動けるようになりたいなあ。
寒くなった今日、人の温かさが心と身体に沁みた。
はじめまして
4人目の孫と初対面。感動!!
母にとっては、5人目の曽孫。